ヒズ・ディザイヤー・イズ・……





「ぼくは、ご主人様が大好きですの!!」
「…はぁ」
 ミュウが、その真ん丸い瞳で断言するように言い切る。
 その言葉を受けて、ガイは、それは言うべき相手を間違えてはないかと思いつつ曖昧に相槌を打った。しかし何故今それを? という思いも無くは無い。ミュウがルークを好きな事は今更なことだし、それはルーク自身も知っているだろう。
 ミュウはマスコット的存在だが、ルークの愛無いいじめも意に介さない懐の大きさといい、全くローレライ教団の聖獣は訳分からん、と心密かに思ってもいた。個体差があるとは一応知っているが。
「ミュウが、ルークのことを好きなのは知ってるよ。あいつも、意地っ張りで照れ屋だから素直じゃないけど、ミュウがずっとルークを好きでいることをきっと嬉しいと思ってる」
 立って話すと高低差がありすぎて、ガイは膝をつく。けれどミュウが求めていたのはそんな言葉ではなかったようで、表情が読めない。
「ぼくは一杯、一杯ご主人様が好きですの。ご主人様にはいつも笑っていて貰いたいですの」
「ミュウ…」
 詳しく話を聞くと、漸く分かった。
 ルークは一人でいるとき(正確にはミュウもいるのだが気付いていないらしい)、深く溜息を吐き、物思いに耽る事が多いというのだ。そしてルークとミュウで話している時に、ルーク一人の考えがまとまらない時など、ガイの名前がよく上がる。ルークが、ガイに頼っている証拠だ。ミュウはもっと、ルークの役に立ちたいと望んでいる。大好きで、いつもルークの幸福を願っている。それなのに、何の役に立たないことを歯痒いと感じているのだ。
 それは、ガイも同じだった。
 ルークの苦悩も辛さも、何も和らげてやる事が出来ない。ちょっとした時にルークがガイを頼るのも、七年間の刷り込みのようなものだ。
 鍍金の慰めは気休めにしかならず、本当に考えなければならない事はいつも、人の助けを求めてはいけない。ルーク自身が、一人で、考えなければならないことだ。
 ルークが悩み慄き恐怖に震え一人泣いていようと、それはルークの事でガイのことではない。根本にまで手を差し伸べてやることは出来ないのだ。
「素直に、言えばいいんだよな」
「みゅ?」
「言えばいいんだよ。ルークに、大好きだって。言わなきゃ、伝わらない事だってあるさ」
「ガイさんは、どうですの?」
 虚を衝かれ、返答に惑う。
「俺は…」




 ポン、ポン、と弾むように眼の端に青いボールがちらつく。何かと顔を向けると、分かってはいたがミュウだった。
「ご主人様、ご主人様!!」
「何だ、どうかしたのか。そんなに急いで」
 弾むボールを受け止めるようにミュウを抱き上げて、椅子の上にに下ろす。
「ぼくは、ご主人様が大好きですの!!」
 ソーサラーリングを両手に抱え、一世一代の告白のように想いを伝える。
 言われた本人は、一瞬呆け直ぐに破顔した。
「…くく……。どうしたんだよ、ミュウ」
 笑い声が漏れる。ルークは、ミュウが自分を好いていてくれているを事を誰よりもよく知っている。命を助けたというと聞こえはいいが、あれは只の反射だ。生き物の上に岩が落ちてきた。何を考える暇もなく岩を叩き壊しただけで、ミュウは信じられないほど無垢に、ろくでもないこの存在を慕ってくれていた。
「どうして笑うんですの。ぼくは本気ですの!!」
 笑うルークに、冗談にとられていると勘違いしたミュウが非難の声をあげる。
「いや、…うん。嘘だなんて思ってないよ。本当に、ミュウはいつも俺と一緒に居てくれたもんな」
 優しくルークはミュウの頭を撫でた。
「ありがとうな」
 撫でられてミュウも嬉しそうに笑む。そして口も軽くなる。
「ガイさんも、言ってたですの」
「え、ガイが?」
「ハイですの!! ガイさんも、ご主人様の事が大好きだって言ってたですの」
「………」
 



 ミュウに出遅れ、ガイもルークと話をする為部屋を訪ねていた。けれどノックをしようとあげた手は、中から聞こえるミュウの言葉で止められる。
『ガイさんも、ご主人様の事が………』
 自分の口ではなく、他の口から伝えられるほど気恥ずかしい事はない。それにルークのことだ、ミュウは許せてもガイのことは腹を抱えて大袈裟に笑いそうだ。『ばかなこと言ってんじゃねーよ』と、目尻に浮かぶ涙を拭いながら。やれやれ、と思う。どうしたものかと。気持ちを伝えるのは難しい。言えば良いんだよと、偉そうに言ったわりには自分がそれを出来ないのだ。
 出直そうかと踵を返す。少し時間を置いて、またルークに会いに来よう。
 けれど部屋の中からルークの馬鹿にするような笑い声は聞こえず、代わりに静かで落ち着いた声音が漏れ聞こえた。
「俺も、大好きだよ」
 ぴたりと、ガイの足が止まる。
「ガイも、ミュウも、ティアもナタリアもジェイドもアニスも、大好きだよ。だから俺は、逃げないでいられる。すごいよな、ミュウ。大好きって、思えるのも、そう想ってもらえるのも」
「ハイですの!!」
 部屋の中ではそんな、可愛らしい会話が交わされているにも拘らず、壁を一枚隔てたガイの表情は不思議と暗い。
 ルークは変わった。
 感情を豊かに、真摯に。
 ガイは、ルークが笑うと思っていた。笑い飛ばしてしまうと。
 けれどそんなことはせず、ルークは感情を受け止めて、自分の感情を伝える事が出来る。昔のルークなら出来なかった事が、今は出来る。
 ガイは壁に力なく背を預け、小さく彼の名を呼んだ。
 瞼を閉じて、真摯に願った。
 もっと、もっと時間が欲しい。
 共に、居られる時間が。
 これからも、変わっていくルークを見守っていきたい。
 そう願う。
 そう願うのに。




 閉じた瞼を、右手で覆う。冷えた手が熱を持った瞼に気持ちがいい。手が濡れたのはきっと、気のせいではない。
「ばかやろう……」
 その言葉は、ぶつける相手も分からなくひそりと闇に溶けた。




 夜が明けたら、栄光の大地エルドラントに突入する。